福岡公文書館ブログ

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    2023年6月21日

    公文書でめぐる ふるさと福岡 ~糸田町~

    今回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」は、糸田町(いとだまち)です。

    ◆糸田町の地理

    糸田町は、福岡県のほぼ中央、田川盆地(たがわぼんち)の北西に位置する面積約8km²、人口1万人弱の町です。遠賀川(おんががわ)水系の中元寺川(ちゅうがんじがわ)と泌川(たぎりがわ)が町を貫いて北流し、町域を三分しています。

    中元寺川より東、町の東部地域は標高40mほどの丘陵で、かつて筑豊炭田(ちくほうたんでん)の繁栄を担った地域は、今日では住宅団地として整備されています。また、中元寺川と泌川に囲まれた中部地域は、標高およそ30mの台地と流域平野からなり、台地上は古くから拓かれ、現在も町の中心部を形成しています。泌川の西、西部地域は関の山山地(せきのやまさんち)の東に位置し、豊かな自然と水資源を抱え、稲作、イチゴ、ミニトマト、花卉(かき)栽培などが盛んです。

    ◆糸田町の歴史

    1887年(明治20年)、糸田(いとだ)村・大熊(おおくま)村・鼠ヶ池(ねずがいけ)村が合併して糸田村となりました。1889年(明治22年)の町村制施行によって田川郡糸田村となり、1905年(明治38年)には弓削田村川宮(ゆげたむらかわみや)の宮床(みやとこ)地区を編入、1939年(昭和14年)町制施行により糸田町となりました。1890年(明治23年)に豊国炭鉱(ほうこくたんこう)が本格的に操業を開始し、炭鉱町として発展を遂げます。第2次世界大戦後、国策による石炭増産体制がとられた中で活況を呈し、地域は石炭産業で繁栄しました。

    しかし、昭和30年代後半から昭和40年代のはじめにかけて起きたエネルギー革命により、石炭から石油へと移行する中で石炭産業は崩壊し、地域社会は壊滅的な打撃を受けました。この石炭産業の崩壊は、若い労働力の激減や鉱害、失業などをもたらし、地域経済に大きな影響を及ぼしました。

    そのような中、石炭六法などの国の財政措置と町独自の取組により、鉱害復旧事業による基盤整備、旧炭鉱住宅の改良、企業誘致、工場用地や分譲団地の造成、役場や住民センターの建替えなど、町の整備が進められてきました。

    2019(平成31年)には町制施行80周年を迎え、「たくさんの人に愛される みんなのふるさと糸田町」(「第5次糸田町総合計画後期基本計画」より)を目指して、さらなる町の活性化に向けた取組が進められています。

    町の歴史や民俗、文化等については、『糸田町史』(2-2-0000594)に詳しく書かれています。

    平成の大合併の記録

    田川市および田川郡では10 市町村による合併を模索しましたが、金田町、赤池町、方城町が離脱、のちに3町は合併し、福智町となりました。3町を除く7市町村(田川市、川崎町、香春町、添田町、糸田町、大任町、赤村)は、2003(平成15年)9月に「たがわ7市町村任意合併協議会」を設置し協議を重ねましたが、法定協議会設置には至りませんでした。

    当時の記録が、歴史公文書として公文書館に保存されています。

    『たがわ7市町村任意合併協議会事績綴』(1-2-0036047)

    『平成15年度市町村合併に関する住民説明会』(1-2-0036043)

    ◆種田山頭火と木村緑平

    柳川市出身で糸田町に住んでいた医者・木村緑平(きむら りょくへい)は、漂泊の俳人・種田山頭火(たねだ さんとうか)を経済的かつ精神的に援助していた友人で、山頭火はたびたび糸田町を訪れていました。2人の文芸活動を記念した句碑が町内に点在しています。

    『糸田町町勢要覧2009』(2-2-0000655)

    ◆糸田祇園山笠

    糸田祇園山笠(いとだぎおんやまかさ)は、町指定文化財8号(無形民俗文化財)に指定されている300年以上続く町の伝統行事です。最大で高さ9メートル、重さ2トン以上の飾り山笠を担ぐ勇壮な祭りです。毎年5月の第2土・日曜日に行われ、今年は4年ぶりの開催となりました。

    『糸田町広報 いとだ 2023年度(2023年6月号)』(2-4-0021386)

    『糸田町史』(2-2-0000594)

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    福岡共同公文書館では、福岡県と県内58市町村(政令市である北九州市、福岡市を除く)の歴史公文書(歴史資料として重要な公文書)や行政資料を、収集、整理、保存し、皆様に提供しています。

    常設展示では、戦後から今日までの「福岡県」を当館の公文書や行政資料で振り返るとともに、県内の各市町村を紹介するコーナーを設け、県内の政令指定都市(北九州市・福岡市)を除く58市町村を順次紹介しています。現在(令和5年2月7日~7月2日)紹介しているのは、赤村・朝倉市・芦屋町・飯塚市・糸島市・糸田町です。

    お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

    次回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」もお楽しみに!

    2023年6月17日

    公文書でめぐる ふるさと福岡 ~芦屋町~

    今回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」は、芦屋町(あしやまち)です。

    ◆芦屋町の地理

    福岡県の北部に位置する芦屋町は、東を北九州市に隣接し、響灘(ひびきなだ)を望む遠賀川(おんががわ)の河口に広がる町です。町の中央部を流れる遠賀川を挟んで両極端な海岸線は、東側は奇岩景勝の磯を形成し、西側は白砂青松のなだらかな海岸となっています。

    美しく豊かな自然と地域の特性を活かした、「あしや砂像展」や「花火大会」、航空自衛隊芦屋基地の「航空祭」などのイベント、そして茶の湯の名器「芦屋釜」といった魅力的な資源が数多くあります。

    ◆芦屋町の誕生~町制施行130周年ロゴマーク

    明治22(1889)年の町村制施行により芦屋村(あしやむら)と山鹿村(やまがむら)が誕生し、明治24(1891)年に芦屋村が芦屋町となり、明治38(1905)年に芦屋町と山鹿村が合併して現在の芦屋町が誕生、令和3年に130周年を迎えました。

    公募作品から選ばれた町制施行130周年のロゴマークは、130周年の「130th」を基調に、”ashiya”の頭文字「a」、芦屋町を表す特徴的な要素である町花、町木、芦屋釜や芦屋町民、太陽を組み合わせてデザインし、芦屋町が永遠(無限=∞)に発展することを表しています。隣にいるのは、芦屋町イメージキャラクター「アッシー」です。

    『広報あしや 2021年度(2021年4月1日号)』(2-4-0016620)

    ◆芦屋海浜公園の開発

    響灘に隣接した芦屋海浜公園は、海水浴場、レジャープール「アクアシアン」、広大な芝生広場「わんぱーく」などがある総合公園です。その開発に関わる資料が、公文書館に保存されています。2019年からは芦屋港の活性化も進められています。

    『芦屋海浜公園開発計画報告書(その1)』(1-2-0017459)

    海浜公園用地写真(昭和55年度) 『海浜公園計画』(1-2-0017550)

    『芦屋港活性化基本計画 概要版』(2-4-0013928)

    ◆「海と大河の町芦屋展~芦屋釜とまちめぐり」(福岡よかもん広場)

    芦屋釜(あしやがま)は、南北朝時代頃(14世紀半ば頃)から筑前国芦屋津金屋(ちくぜんのくにあしやつかなや)(現在の福岡県遠賀郡芦屋町中ノ浜付近)で造られた茶の湯釜です。芦屋釜の里は、江戸時代初期頃に途絶えた芦屋釜の復興に取り組む施設です。

    現在、福岡県庁11階のよかもん広場では、「海と大河の町芦屋展」が開催されています。会場では芦屋釜の里で製作された現代の芦屋釜を見ることができます。(2023年7月14日まで)

    福岡共同公文書館では、福岡県と県内58市町村(政令市である北九州市、福岡市を除く)の歴史公文書(歴史資料として重要な公文書)や行政資料を、収集、整理、保存し、皆様に提供しています。

    常設展示では、戦後から今日までの「福岡県」を当館の公文書や行政資料で振り返るとともに、県内の各市町村を紹介するコーナーを設け、県内の政令指定都市(北九州市・福岡市)を除く58市町村を順次紹介しています。現在(令和5年2月7日~7月2日)紹介しているのは、赤村・朝倉市・芦屋町・飯塚市・糸島市・糸田町です。

    お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

    次回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」もお楽しみに!

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