福岡公文書館ブログ

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  • カテゴリー: 行政資料

    2024年6月14日

    公文書でめぐるふるさと福岡 ~大牟田市~

    今回は大牟田市(おおむたし)の紹介です。

    大牟田市の位置

    大牟田市は福岡県の最南端に位置しています。西に有明海を望み、北はみやま市、東は熊本県南関町(なんかんまち)、南は熊本県荒尾市(あらおし)と隣接しており、これらの自治体と熊本県長洲町(ながすまち)を含めて『大牟田都市圏』という呼び方もされています。現在はここに柳川市(やながわし)も加わって、大牟田市を中心とした『有明圏域定住自立圏構想』を推進しているところです。

     『広報おおむた』2021年6月1日号 大牟田市行政資料(2-4-0016195)

     

    大牟田市の歴史

    大牟田市は、現在の市域になるまでに以下のような変遷をたどりました。

    1889(明治22)年  町村制施行により大牟田町が発足

    1917(大正6)年  市制施行により大牟田町から大牟田市

    1929(昭和4)年  三川町(みかわまち)を編入

    1941(昭和16)年  玉川村(たまがわむら)駛馬町(はやめまち)三池町(みいけまち)

    銀水村(ぎんすいむら)を編入。

    その後、昭和の大合併、平成の大合併ともに異同はなく、2017(平成29)年に市制施行100周年を迎えています。

     

    まだ大牟田市に編入前の玉川村の文書の中に、三池炭鉱の経営に尽力した団琢磨に関連する文書がありました。亡くなった後に、本人の「遺志」として遺族から奨学金寄附の申出があったようです。

      

     『昭和十年以降願伺指令綴 三池郡玉川村役場』昭和16年度 大牟田市公文書(1-2-0012549)

    1941(昭和16)年の町村合併の際には詳細な事務引継書が作成されています。画像は銀水村の部分ですが、備品目録には「火鉢」「キリ」など、時代を感じさせる用具が並んでいます。

    そして「ホチッキス」とは? 現在ホッチキスと呼ばれている物の単純な誤記なのでしょうか、あるいは当時はそう呼ばれていたのでしょうか、はたまた全く違う現在に継承されていない謎の事務機器なのでしょうか

       

     

     『昭和16年4月町村合併事務引継書』昭和16年度 大牟田市公文書(1-2-0011894)

     

     『年表と写真で見る大牟田市の100年(『新大牟田市史』別冊)』平成29年度 大牟田市行政資料(2-4-0007415)

     

    大牟田市と石炭産業

    大牟田と言えばやはり石炭と三池炭鉱を抜きにしては語れません。大牟田における採炭の歴史は古く、江戸時代中期にまで遡ります。そして明治初期に富国強兵政策を推し進める政府のもと、一旦は官営の三池炭鉱となりますが、その後大牟田町が発足する1889(明治22)年には官営から三井に払い下げられています。

    以後大牟田は石炭資源を基盤に重化学工業都市として発展し、1957(昭和32)年には市制施行40周年の記念事業として『大牟田産業科学大博覧会(石炭博)』を開催するまでに至りました。

     『市政だより』31号(昭和32年9月25日) 大牟田市行政資料(2-2-0001018)

     

    しかし同時にこの頃から石炭にも陰りが見え始め、やがて高度経済成長期を迎えると共にエネルギーの主役は石炭から石油へと移り、石炭採掘や石炭を基盤とする産業は衰退へと向かいます。

    そして1997(平成 9)年、奇しくも大牟田市市制施行80周年の年に三池炭鉱は閉山し、日本の近代化や戦後復興を支え続けたその歴史に幕を下ろすこととなりました。

     『広報おおむた』772号(平成9年4月15日号) 大牟田市行政資料(2-2-0001020)

     

     『グラフふくおか』484号(平成9年4月号) 福岡県行政資料(2-1-0006035)

     

    石炭産業からの脱却

    基幹産業であった石炭産業の衰退に合わせ、大牟田市では石炭依存からの脱却を企図し、財政再建計画の策定や有明海沿岸部の福岡県内・熊本県内の自治体との県境を越えた連携(有明沿岸サミット)等を模索しました。

     『有明海地域総合開発協議会』昭和62年度 福岡県公文書(1-1-0002699)

    平成時代には構造改革特区制度を活用した、石炭産業から「環境・リサイクル産業」という新たな基幹産業へと産業構造の転換を試みる「エコタウン事業」を推進、さらには、高速道路、鉄道、空港、港湾というあらゆる輸送手段へのアクセスが60分以内という地理的優位性を活かした工場団地「大牟田テクノパーク」を造成し、企業誘致に力を入れるなど地域経済の再浮揚を目指しています。

      

     『構造改革特別区域(大牟田)3』平成15年度 福岡県公文書(1-1-0009451)

     

      

     『大牟田テクノパーク』平成8年度 福岡県公文書(1-1-0038450)

    また、市制施行100周年を目前に控えた2015(平成27)年には、三池炭鉱の残存施設である「宮原坑(みやのはらこう)」「三池炭鉱専用鉄道敷跡(みいけたんこうせんようてつどうじきあと)」「三池港(みいけこう)」の3施設が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として世界文化遺産に登録されました。かつての基幹産業の歴史と栄光に再びスポットライトが当たり、新しい観光資源としての魅力に期待が集まっています。

     『大牟田市勢要覧』平成29年度 大牟田市行政資料(2-4-0012188)

     

    次回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」もお楽しみに!

     

     

    2024年3月15日

    公文書でめぐるふるさと福岡 ~大任町~

    今回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」は、大任町(おおとうまち)です。

    ◆大任町の地理

    大任町は福岡県の北東部に位置し、田川郡のほぼ中央にあります。町の中央を南北に彦山川(ひこさんがわ)が貫流する低地帯で、周囲は丘陵地域となっています。広さは、東西3.6km、南北7.2km、総面積14.26k㎡です。

    東は赤村(あかむら)、北は香春町(かわらまち)、西は田川市(たがわし)・川崎町(かわさきまち)、南は添田町(そえだまち)と接しています。

    西日本最大級の規模を誇る道の駅「おおとう桜街道」のほか、季節ごとに咲く美しい花が魅力のまちです。

     

    『広報おおとう 2023年度』2023年5月号(2-4-0021391) 花のまち おおとう フォトリポート

     

    ◆大任町の誕生

    明治22(1889)年の町村制施行に伴い、今任原村(いまとうばるむら)と大行事村(だいぎょうじむら)が合併して大任村(おおとうむら)が成立しました。昭和35(1960)年、大任村が町制施行して大任町となりました。

    公文書館が所蔵する最も古い大任村の資料は明治34(1901)年度の大任村の村會議事録で、会議録や明治34年度の予算書などが綴られています。

     

    『明治三十四年度 村會議事録 大任村役場』大任町公文書(1-2-0033523)

     

    ◆石炭産業遺跡群(鉄道関係)

    旧国鉄油須原(ゆすばる)線(仮称)は漆生(うるしお)駅と油須原駅を結び、石炭を苅田(かんだ)港へ輸送する目的で大正年間に計画されました。

    昭和32年に着工、炭鉱閉山に伴い生活路線に変更し、昭和41年漆生駅から豊前川崎(ぶぜんかわさき)駅まで部分開業しました。

    しかしながら採算が見込まれないことなどから、昭和45年に工事中止、昭和60年代に全線廃止となりました。大任町区間では開業に至らないまま、路床等の撤去後、旧添田線跡地と併せて町道等公共用地として利用されています。古河炭鉱跡地、福田(ふくた)トンネル、野原越(のばらごし)トンネル、彦山川橋梁等が石炭産業の遺跡として残っています。

    大任町にはかつて数多くの炭鉱が存在し、町の基幹産業でしたが、その多くは残されておらず、この鉄道遺跡は大任町の経済産業の貴重な遺跡となっています。

    『篠栗線・油須原線鉄道建設促進についての陳情書(昭和36年11月22日)』福岡県公文書(1-1-0006709)

     

    ◆花としじみの里

    「しじみ」が自生する大任町では、しじみを環境保護とまちおこしのシンボルと位置づけています。平成7年には「しじみ育成保護条例」が制定され、彦山川流域でのしじみの保護が行われています。水辺公園では、昭和62年から毎年10月に「しじみ祭り」が開催されています。町のイメージキャラクターは、しじみの大ちゃんです。

    『第4次大任町総合計画』大任町行政資料(2-2-0001334)

     

      

    左『花としじみの里大任町 新庁舎・コミュニティセンター』大任町行政資料(2-2-0001333)

    右『広報おおとう 2023年度』2023年12月号(2-4-0021391) 第37回しじみ祭り

     

    ◆神幸祭

    神幸祭は五穀豊穣や家内安全などを祈願する初夏の祭りです。4月下旬から5月上旬にかけて、各地域ごとに色とりどりのバレンで飾りつけられた山車やみこしが舞い、町中がにぎわいます。『大任町誌』に祭事に関する詳しい記述があります。

     

    左『大任町誌 ふるさと大任 【下巻】』大任町行政資料(2-4-0010154)

    右『広報おおとう 2019年度』2019年6月号(2-4-0011996) 神幸祭

     

    ◆災害の記録

    昭和28年6月、九州地方北部を中心に梅雨前線を原因とする集中豪雨による水害が発生しました。当時の大任村の水害対策本部の日誌や、土木工事に関する事跡が公文書として残されています。

    『昭和廿八年七月 日誌(大任町水害対策本部)』大任町公文書(1-2-0033551)

     

     

    『昭和二十八年災害單独事業の綴 田川郡大任村役場』大任町公文書(1-2-0033526)

     

     

    『昭和二十八年六月 大任中学校災害復旧の綴 大任村役場』大任町公文書(1-2-0033502)

     

    次回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」もお楽しみに!

    2024年1月28日

    公文書でめぐるふるさと福岡 ~うきは市~

    今回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」は、うきは市です。

    ◆うきは市の地理

    うきは市は福岡県の南東部に位置し、朝倉市、久留米市、八女市、大分県日田市と接しています。南に耳納連山(みのうれんざん)を抱き、北に「筑紫次郎」と称される筑後川(ちくごがわ)が流れる自然に恵まれた地域です。

    耳納連山を源流とする巨瀬川(こせがわ)、小塩川(こじおがわ)、隈上川(くまのうえがわ)が市内を流れ、筑後川に注ぎ込んでいます。市域は、筑後川の南に広がる平坦部、平坦部と山間部との間にある山麓部、耳納連山に属する山間部に区分されます。平坦部には肥沃な水田地帯、山麓部には果樹地帯が形成され、山間部は棚田などを含む森林となっています。

     

    ◆うきは市誕生

    昭和26(1951)年、御幸町が山春村、大石村及び姫治村を編入するとともに浮羽町へと町名を変更しました。昭和30(1955)年には吉井町、江南村、福富村、千年村及び船越村の一部が合併して吉井町が生まれました。

    平成17(2005)年3月20日、浮羽町と吉井町が合併して「うきは市」が誕生します。福岡県内26番目の市で、平成の大合併としては県内4番目の合併となりました。平成15年4月に、2町によって設置された法定協議会の記録が残っています。

    『広報うきは』平成17(2005)年度 うきは市行政資料 (2-2-0000492)

     

    『合併協議会関連事蹟』平成15(2003)年度 うきは市公文書 (1-2-0009703)

     

    公文書館には、現在のうきは市の公文書だけではなく、合併前の吉井町・浮羽町の公文書、さらにさかのぼって明治・大正・昭和の各村の公文書が保存されています。

    『古文書M20~26(自明治二十年至同廿六年役場事務引継書)』明治26(1893)年 うきは市公文書 (1-2-0045260)

     

    ◆伝統的建造物群保存地区

    うきは市には、文化庁が選定した伝統的建造物群保存地区が2地区あります。景観行政団体として「うきは市景観計画」(平成23年3月)を作成、伝統的建造物の保存だけではなく活用を進めながら、歴史の伝承や文化の向上、地域活性につなげています。

    『景観計画策定事業』平成23(2011)年度 うきは市公文書 (1-2-0049519)

     

    【筑後吉井(ちくごよしい)】平成8(1996)年12月10日選定

    江戸時代、有馬藩の城下町久留米と天領日田を結ぶ豊後街道の宿場町として栄えたうきは市吉井町。町屋や土蔵が連続する町並みと、豊かな緑に包まれた屋敷や社寺建築、さらに吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路などが一体となって歴史的風致を形成しており、筑後地方の商業都市として、特色ある歴史的景観を伝えています。平成8(1996)年に県内で初めて、文化庁の「伝統的建造物群保存地区」に選定されました。その町並みを背景に、平成5年から「筑後吉井おひなさまめぐり」が行われています。第32回の今年は、令和6(2024)年2月11日(日)~3月20日(水)に開催が予定されています。

    『浮羽地域振興計画推進1』平成11(1999)年度 福岡県公文書 (1-1-0003835)

     

    『筑後吉井おひなさまめぐり』平成27(2015)年度 うきは市公文書 (1-2-0046844)

     

    【新川田篭(にいかわたごもり)】平成24(2012)年7月9日選定

    新川地区及び田篭地区には、湧水や豊かな水系によって発達した棚田が集落と渾然一体となって残っています。国の重要文化財に指定されているくど造り民家「平川家住宅」をはじめとして、伝統的な茅葺民家が残り、棚田や山林に取り囲まれた、昔ながらの山村集落の景観を見せています。平成10(1998)年には棚田を守る大切さを都市住民に実感してもらいながら保全を図る取り組みとして、「棚田オーナー制度」がスタートしました。平成11(1999)年には新川地区の葛篭(つづら)の棚田が農林水産省の「日本棚田百選」に選定され、平成12(2000)年には、「全国棚田サミット」を星野村と共同開催するなど、棚田を中心とした地域振興が行われています。

    『景観計画策定事業(新川・田篭地区文化的景観調査中間報告書)』平成21(2009)年度 うきは市公文書 (1-2-0045290)

     

    『中山間ふるさと・水と土保全対策事業』平成12(2000)年度 福岡県公文書 (1-1-0004314)

     

    ◆森林セラピー

    「森林セラピー」とは、ストレスホルモンの減少や血圧の低下など、心身への健康維持・増進等の効果が科学的な証拠に裏付けされた森林浴のことです。この森林セラピーに適しているとして特定非営利活動法人森林セラピーソサエティが認定した場所を「森林セラピー基地」といいます。福岡県内では、うきは市、八女市、篠栗町、豊前市の4市町が、森林セラピー基地として認定されています。

    うきは市は市内の森林が持つリラックス効果が実証され、平成20(2008)年4月に北部九州で初めて森林セラピー基地として認定されました。市内には、石積みされた棚田の景観が美しい「つづら棚田の散歩道コース」と、水辺の空気が心地よい「巨瀬の源流の散歩道コース」の2つの認定セラピーロードがあります。

    『福岡県観光推進協議会(観光地づくり)(うきは市)』平成22(2010)年度 福岡県公文書 (1-1-0034667)

     

    ◆とびうめ国体

    「とびうめ国体」(第45回国民体育大会)は、平成2(1990)年に福岡県で開催されました。浮羽町ではカヌー競技、吉井町では銃剣道競技が行われました。うきは市から移管された資料には、ビデオテープ、写真のネガ、レコード、国体の旗、ステッカー、ワッペンなどがあり、様々な形で町の歴史が残されています。

    『第45回国民体育大会レコード(とびうめ国体音頭・とびうめ国体の歌)』平成2(1990)年度 うきは市行政資料 (2-4-0019411)

     

    ◆豪雨災害の記録

    平成24(2012)年7月の九州北部豪雨により、うきは市は甚大な被害を受けました。災害の経験・記憶を風化させないため、また、今後の教訓として後世に伝えるため、『平成24年7月九州北部豪雨災害記録誌(冊子版・簡易版)』が発行されました。簡易版は、うきは市防災サイト(平成24年7月九州北部豪雨の災害記録誌を発行しました / 防災サイト / うきは市 (city.ukiha.fukuoka.jp)でも見ることができます。

    『平成24年7月九州北部豪雨災害記録誌』平成26(2014)年度 うきは市行政資料 (2-4-0000071) ※冊子版

     

    『平成24年7月うきは市の災害記録 九州北部豪雨DOCUMENT』平成26(2014)年度 うきは市行政資料 (2-4-0000070) ※簡易版

     

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    福岡共同公文書館では、福岡県と県内58市町村(政令市である北九州市、福岡市を除く)の歴史公文書(歴史資料として重要な公文書)や行政資料を、収集、整理、保存し、皆様に提供しています。

    常設展示では、戦後から今日までの「福岡県」を当館の公文書や行政資料で振り返るとともに、所蔵する歴史公文書や行政資料をもとに県内の市町村を順番に紹介しています。現在(令和5年11月10日~令和6年3月24日予定)紹介している市町村は、うきは市・宇美町・大川市・大木町・大任町・大野城市です。

    お近くにお越しの際は、ぜひ福岡共同公文書館にお立ち寄りください。

    次回の「公文書でめぐる ふるさと福岡」もお楽しみに!

     

    2021年9月8日

    行政資料の活用法~「官報」~

    タイトル:「行政資料の活用法 ~「官報」~」

     

    当館では、歴史資料として重要な価値を有する特定歴史公文書のほかに、国や都道府県、市町村の地方公共団体などが発行した出版物、また各機関の資料に基づき作成された民間の出版物等の「行政刊行物(当館では、これらを「行政資料」と言っています)も、収集しています。

    この「行政資料」の中で、今回は、「官報」を紹介します。

     

    官報とは、法律や政令、条約等の公告を国民に広く周知するための機関紙です。公的伝達手段として重要な役割を果たしており、内閣府が休日を除き毎日発行しています。

    令和2年度に福岡県議会図書室から、1963(昭和38)年1月~2010(平成22)年3月までの 1037冊(1冊に約1カ月分が収録)が移管され、当館の行政資料として登録されました。

    その中から、福岡県に関係のあるものや、私たちの生活に関わっている記事を何冊かご紹介します。

     

    ・当館に移管された中でいちばん古いのは、1963(昭和38)年1月の官報です。

    1963(昭和38)年2月に「北九州市」が誕生することを記念し、(門司・小倉・若松・八幡・戸畑の5市を合併し1963(昭和38)年2月10日に発足)1月の官報では、郵政省の「北九州市発足記念の特殊通信目附印と十円郵便切手発行する件」が告示されたという記載があります。期間は「昭和38年2月10日~2月16日」と限定され、写真のような日附印(消印)が使用されました。

     

    ・1988(昭和63)年12月の官報で、法律108号により「消費税法」が公布されています。

    消費税は、少子高齢化の進展に伴う社会保障の安定財源確保等のため、長年議論され、1990(平成元)年4月、日本で初めて導入されました。当初3%であった税率が5%、8%と引き上げられ2019(令和元)年10月より10%となっています。2020(令和2)年度、国の一般会計の税収は60兆8216億円で、そのうち消費税が20兆9714億円で税収全体の34.5%を占め、基幹税の一つとなっています。

     

    ・また翌年の1990(昭和64)年1月7日に、昭和天皇がご逝去され、皇位の継承が行われることに伴い、元号が改められることになりました。

    政令1号により「元号を改める政令」が公布され、その元号は「平成」と改められ、内閣告示第6号により、その読み方は「へいせい」であると告示され、翌日から「平成」が始まりました。

     

    このように官報には、私たちの生活に密接に関わる、政府や各府省からの公布文や、地方公共団体からの告知などが掲載されており、官報をひも解くことで、日本や、お住まいの地域の移り変わりを知ることができます。

    「官報」は、保存庫にあるので利用の際は当館職員にお声掛けください。1階の閲覧室に行政資料を配架しておりこれらについては、自由に閲覧していただくことができます。また、「官報」同様、閲覧室にない行政資料については、「行政資料閲覧申込書」に記入していただくことで、閲覧可能となっておりますので、ぜひご利用ください。

     

    2021年3月3日

    出張展示 in みやま市 (3/2~14) のご案内

    みやま市立図書館「市民ギャラリーKusu-Kusu(くすくす)」みやま市立図書館 みやま市立図書館 (library.miyama.fukuoka.jp) で 『 おいでよ!福岡共同公文書館へ 』 と題した出張展示を実施しています。
    「なかなか筑紫野市まで行けないよ~」という方々にも「福岡共同公文書館」のことを知っていただこうと、企画しました。

    福岡共同公文書館は福岡県と県内市町村が共同で設置・運営している公文書館です。平成24年11月に当館が開館して「福岡県内市町村の公文書館設置率は100%」になったのです。
    ここで働く職員は15名。県の職員と市町村から派遣された職員がそれぞれ3名ずつと、会計年度任用職員が9名という構成になっています。
    市町村への出張展示『おいでよ!福岡共同公文書館へ』は初の試みです。きっかけとなったのは、当館職員にみやま市から派遣の職員さんがいたからです!

    ここからは当館キャラクターのしょこらによるインタビュー形式でお伝えします。

     まずは自己紹介をお願いします

    みやま市から派遣されている高木と申します。生まれ育ったのは自然豊かなみやま市高田町です。福岡共同公文書館の存在は知っていましたが、一般の方も利用できる施設であることは知りませんでした。派遣が決定したときは、「みやま市の看板を背負って仕事する!頑張ろう!」という気持ちでした。当館では、「総務企画班」で、施設の利用促進、展示や講座に関する業務や広報誌等の作成を手掛けました。今年度末で派遣が終わり、4月からはみやま市役所の職員に戻る予定です。「出張展示inみやま市」が実現したので嬉しいです。たくさんの皆様のご来場をお待ちしています。

     みやま市ってどんなところですか?

    みやま市は、平成19年1月29日に瀬高町(せたかまち)・山川町(やまかわまち)・高田町(たかたまち)が合併して誕生しました。福岡県の南部に位置し、一部は熊本県と接しています。東部には山々が連なり、中心部は広大な筑後(ちくご)平野、西部には有明(ありあけ)海の干拓によって開かた低地が広がっています。

    市内を流れる矢部川(やべがわ)を中心とした河川がもたらす肥沃な土壌と有明海の恵みによって農業・海苔養殖業のまちとして発展してきました。

    JR鹿児島本線と西鉄大牟田線が乗り入れ、九州新幹線「筑後船小屋駅」にもほど近く、また、九州自動車道の「みやま柳川IC」があるなど、交通面は充実しています。ICを降りてみやま市内に向かうと、「みちの駅“みやま”」があります。四季折々のみやまの特産品がずらりと並び、中でもセルリー(博多セロリ)の大きさには驚かされます。テレビでも話題になった「玉めし」など、フードコートも充実しています。ぜひ、お立ち寄りください。

     おすすめの一冊を教えてください!

    みやま市からの公文書の移管は1,364冊(2021年2月現在)あります。そのほか、行政資料も所蔵しています。私のおススメの一冊はコレ!

    「みやまの人と歩み みやま市史Ⅰ」(2-4-0006384) H26.12発行

    「みやま市史」の人物編として発行されたものです。みやま市出身で全国的に目覚ましい活躍をした人や地元の経済・文化・福祉の向上等に功績のあった方々を、読みやすい文字で、写真等を交えてわかりやすく紹介しています。

     最後にしょこらから~!

    みやま市の次は、大木町図書館・情報センターの「こっぽーっとギャラリー」(3/16~28)に行くよ。

    うちの市町村にも来てほしい~☆という声をお待ちしていま~す。

     

    2020年8月18日

    公文書でめぐる ふるさと福岡

     福岡共同公文書館は「福岡県立公文書館」と「福岡県市町村公文書館」という二つの施設の総称で、福岡県と県内全市町村(北九州市と福岡市を除く)が共同で設置・運営する公文書館です。

     福岡共同公文書館には明治以降に作成または取得された公文書の中で行政事務上必要とされる保存期間を満了した文書が各自治体から移管されており、これらの文書は当館のHPで目録を公開しています。

     

     これからこのブログで、福岡共同公文書館所蔵資料の移管元である福岡県及び県内市町村それぞれの紹介とともに、移管元に関連する所蔵資料の紹介をしていきたいと思います。

     初回は、「福岡県」です。

     福岡は、古代、遠の朝廷(とおのみかど)と呼ばれた大宰府政庁や、外国使節の迎賓館である鴻臚館がおかれ、中国大陸や朝鮮半島と我が国との交流の窓口でした。いち早く大陸文化に触れ、日本のどの地方よりも早く米作りを始めました。また、大陸から新しい文化や学問、外国の品々を受入れてきました。

     江戸時代になると、福岡藩・久留米藩・柳河藩・小倉藩などがおかれ、明治になると廃藩置県により藩の地域が県となりました。そしてその後、小倉、福岡、三潴の3県の時期を経て1876年(明治9年)に現在の福岡県ができました。

     また、県内の製鉄や石炭産業が日本の近代化を支え、その後、商工業や農林水産業が発展し、空港・道路・鉄道等の交通も整備されていきました。

     現在は、アジアをはじめ、世界との交流を促進する交通基盤や文化機能は着実に向上しています。九州の経済や文化、行政の中枢機能の集積が進む中、アジア諸国・世界各地との交流をさらに拡大し、九州、西日本、アジアにおける広域交流都市圏としての一大拠点になっています。

     明治以降の福岡県のあゆみについては、当館展示室の「公文書にみる福岡140年のあゆみ~福岡県の誕生と市町村合併~」(常設展)をご覧ください。

     

     福岡県には、北九州市と福岡市の2つの政令指定都市を含めて60市町村(29市29町2村)があります。これら60市町村は、地理的、歴史的、経済的特性などから、「北九州」「福岡」「筑後」「筑豊」の4地域に分けられています。

    このような、福岡県のすがたや施策・事業などは

     「県政のしおり」(一般向け)

     「わたしたちの福岡県」(小学生向け)

    というパンフレットを県で作成し、紹介しています。

    当館にも過去10年分(それ以前のものも多少あり)を所蔵しています。

         (福岡県行政資料:2-4-0013571)

     

     

     

     

     

     

     

           (福岡県行政資料:2-4-0013570)

     福岡県から移管された公文書は令和2年7月現在で約45,200冊です。また公文書のほか県が作成した行政刊行物も所蔵しています。

     福岡共同公文書館の公文書や行政刊行物は、誰でも閲覧することができます。

     ぜひ、福岡共同公文書館をご利用ください。

                          次回は「直方市」の紹介です。

    2019年5月8日

    令和元年

    改元から1週間過ぎました。

    公文書館も、連休が終わり、いよいよ新元号のもと始動しました。

     

    当館の閲覧室の中央に並べている、福岡県内60市町村の広報紙も

    新しい元号を載せた最新号がやってきました。

    「令和元年5月号」と号数表記の部分に掲載している市町村もあれば、

    左から「広報おおむた」「広報ちくじょう」「広報おおとう」「広報そえだ」「市報かすが」

    左から「広報あさくら」「八女 広報YAME」「広報かすや」

     

    表紙のテーマや巻頭ページに新元号を掲載している市町村もあり、

    上段左「広報たちあらい」同右「広報豊前」、下段左「広報くらて」同右「広報だざいふ」

     

    はたまた元号なしの西暦のみを表記している市町村もあり、

    それぞれに個性があって面白いです。

     

    今回は、昭和から平成への改元と異なり、1か月前に新元号の発表があったので、

    広報紙への掲載もスムーズにいったのではないでしょうか?

     

    ちなみに、平成改元の時は、

    昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御され、皇太子殿下が天皇に即位されました。

    同日、臨時閣議において新元号が「平成」と決定し、

    官房長官から記者発表がありました。あの有名なシーンです。

    そして翌1月8日に改元され、平成が始まったのです。

     

    当時の広報紙(1989年1月号)を見てみると、

    1月8日以前に発行された広報紙の発行年は「昭和64年」、

    それ以降に発行された広報紙の発行年は「平成元年」と表記されています。

    (1989年1月号の「広報かすや」(左)と「広報みわ」(右))

     

     

     

     

     

     

     

    (1月1日発行の「広報かすや」の発行年は「昭和64年」(上)、

    1月10日発行の「広報みわ」の発行年は「平成元年」(下)と表記されている)

     

    当時の県内の広報紙すべてに目を通したわけではありませんが、

    今回確認した広報紙では、「昭和」から「平成」への改元をはっきりと示しているのは、

    発行年の元号部分のみで、改元にまつわる写真や特別な記事は見当たりませんでした。

    昭和天皇の崩御ということもあり、社会全体が自粛ムードだったことにもよると思いますが、

    突然「昭和」が終わり、いきなり「平成」になった、という感じでした。

    今回は、静かに「平成」を見送り、にぎやかに「令和」を迎えた、というところでしょうか。

     

    新緑の美しい季節を迎えました。

    令和元年、公文書館も新たな気持ちで頑張っていきます!

     

    ※今回ご紹介した広報紙はすべて当館閲覧室、展示室にて見ることができます。

     ぜひ、ご来館ください。

     

    2018年10月10日

    那珂川市誕生!

     

    皆さまご存じの通り、10月1日に那珂川町が市制施行し、

    那珂川市が誕生しました。

     

    これで福岡県内の市町村の内訳は、29の市と29の町と2の村となりました。

    と同時に、筑紫郡が無くなりました。

     

    筑紫郡は、明治29年(1896)の郡制施行時に、御笠郡、那珂郡、席田郡の区域をもって発足しました。

    発足当初は、2町20村が属していました。

    大正15年(1926)に郡役所が廃止され、郡は単なる地域区分の名称となりました。

    昭和47年(1972)に筑紫郡に属していた5町のうち、筑紫野町、春日町、大野町が市制施行し、

    昭和58年(1983)に太宰府町が市制施行して、筑紫郡に属する町は那珂川町だけになっていました。

    そして今回、那珂川町が市制施行したため、筑紫郡に属する町が無くなり、筑紫郡が消滅した、

    というわけです。単なる地域区分なので、無くなるからどうということもないのですが、

    市の誕生の陰でそっと姿を消す、というのがちょっぴり切なくもあります。

     

    当館でも、那珂川市の誕生に合わせて、掲示物や見出しの変更をしました。

    エントランスのパネルや…

     

    閲覧室の棚の表示も…
    「那珂川町」から「那珂川市」へ変更しました。

     

    そして、当館にやって来た那珂川市作成の資料第1号は、「広報なかがわ」でした。

     

    「広報なかがわ」10月号の裏には「発行・那珂川市」の表記が!

     

     

    「広報なかがわ」を含む、県内自治体の広報紙は、当館閲覧室に置いています!

     

     

     

    2018年5月31日

    梅雨入り

    新緑の季節は足早に去り、九州北部地方は先日梅雨入りしました。

    平年より8日、梅雨入りの遅かった昨年より23日も早い梅雨入りです。

    5月に梅雨入りするのは、5年ぶりだそうです。

     

    昨年7月、梅雨明け間近の福岡県に大きな災害が起こりました。

    九州北部豪雨です。この災害は、朝倉市、東峰村を中心として、

    各地に大きな爪痕を残しました。

    もうすぐ一年が経とうとしていますが、

    現在も復旧に向けて頑張っている方々がいらっしゃいます。

     

    福岡共同公文書館が開館した平成24年にも、筑後地域を中心とした豪雨災害がありました。

    被災地域では記録誌を作成して、この災害の記録を残しました。

    「災害は忘れたころにやってくる」といいますが、だとすれば、

    あの日あの時の記録を残して、いつまでも忘れないようにしておくことは、

    大切なことではないでしょうか。

     

    梅雨に突入したいま、平成24年豪雨災害記録誌、

    平成29年の災害を記録した広報紙を読み返し、

    防災への意識を新たにしたいと思います。

    平成24年7月に発生した豪雨災害の経緯、被害についての記録誌。
    左から、
    「平成24年7月うきは市の災害記録 九州北部豪雨Document」(H26.3、うきは市)、
    「平成24年7月九州北部豪雨災害記録誌」(H26.3、うきは市)、
    「平成24年九州北部豪雨による7.14災害の記録」(H25.3、柳川市)、
    「7.14笠原 写真記録集」(H25.7 夢かさはら自治運営協議会) 
    *いずれも、当館閲覧室にてご覧いただけます。

    福岡共同公文書館
    所在地 〒818-0041 福岡県筑紫野市上古賀1-3-1 アクセスマップはこちら 電話 092-919-6166 FAX 092-919-6168 E-Mail kobunsyokan@pref.fukuoka.lg.jp
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